ある学生K5の日々出会ったこと


by living-in-the-m-w

白いウサギ

高相容疑者が捕まった時点で、遅かれ早かれ「酒井容疑者」になるだろうと思っていた。

夫逮捕のニュースを観た朝、僕は開口一番「きっとラリピーで、白いウサギだよ」と母に言った。

一ヶ月前のインタビュー映像を観ると、異様なハイテンションで気味が悪く、

「清純派」で、お茶の間の人気者「のりピー」ではないだろうと思ったのだ。


とは言っても、酒井容疑者のファンでは無かった。

ドラマ『星の金貨』がやっていたのは小学生の時だったが、

キャラクターは作りこまれ、強かな人間に見えた。

歌も、サビの途中で声を上ずらせるのが実に不快だったのを覚えている。

それくらい違和感があった。


マスコミはこぞって報道するが、厳しい論調は余りみられない。

「子どもが可哀想」

それはそうだ。異常な家庭環境に置かれ、当たり前のように育てられてきたのだから。

一番の被害者であるのに間違いはない。

「罪をつぐなって欲しい」

子どもが可哀想ならば、もっと強く批判して然るべきではないか。

子育ての責任そっちのけでクスリをやっている人間が、復帰することを望むのはなぜか。

コメンテーターが雁首揃えて、当たり障りの無いこのような発言をする。

気味が悪い。


本質的にクスリが悪かどうかの議論はすべきだが、僕一人では手に余る。

しかし法的に悪とされ、逮捕される行為であるなら、

子どもを育てる責任がある親なら、絶対手を出さないだろう。

そこをもっと責めるべきではないか。


連日薬中だった人の体験を取材し、「完全にやめられたとは言えない」と言った証言を得ているテレビ。

足かせをして生きることになってしまった辛さを伝えている一方で、

「以前クスリで逮捕された芸能人が、頑張って復帰しました」という「美談」を垂れ流してきたのは、なぜか。

無責任過ぎるのではないか。


こうしたフラつきが、どうにもしっくり来ない今日この頃。
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# by living-in-the-m-w | 2009-08-19 22:04 | 雑談
Kさんは、作文を添削する少人数制の「寺子屋」をやっていた。

そこに集まるのは10人くらい。大学生に社会人の卵、時には現役の記者が来る。

皆、Kさんの人柄に惚れこんでいる。


最初に参加したのは、2007年の冬。

「自己紹介文を800字で書いて来い」と言われ、エントリーシートのように、

「私は~な人間です。それは~から学びました。」

などなどと書いて持っていくと、Kさんは一目見ただけで脇にどけた。

それから一向に見る気配が無い。

一通り周りの人の添削が終わると、

「自分がこんな人間です、なんて言う奴信用できるか?」と言われた。

確かにそうだ。だから添削すらしなかったのか。


でも、これが就職活動のためのハウツーだと本にあったんだけどなぁ…。

そう思ったのを読んでいたかのようにKさんは、「就活のハウツー本なんか読むからだ」と言った。

続けて、

「作文はエピソードだ。読んだ人に自分という人間がわかる様なエピソードだけでいいんだよ」と言った。

それ以降の数回はそれを意識したはずが、散々な結果に終わった。


やっと光明が差したのは、幼い頃の父とのエピソードを書いた時だった。


~続く~

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# by living-in-the-m-w | 2009-08-19 21:23 |
元新聞記者のKさんは67歳で、今は文筆業と講演を中心に活動している。

今は亡き司馬遼太郎に「ヤクザのようだ」と言われただけあって強面で、眼は時折鋭い光を放つ。


大学3年の冬。N先輩を訪ねて新聞社に行った時だった。

喫茶店でN先輩と話していると、横にやけに貫禄がある人が座った。Kさんだった。

白髪混じりの長髪を後ろになでつけている。身長は170cmぐらいだが、ガタイがいい。

また、拳は岩のようにゴツゴツしていた。

N先輩が「お久しぶりです」と挨拶をした。

Kさんは「おう、久しぶり」と言い、僕をギロリと睨んだ(ように見えた)。

N先輩が僕を紹介すると、「んで、お前なんで記者になりてぇんだ」と切り出す。

「勉強したことを生かして、政治を良い方に変えて行きたいんです」と、しどろもどろになりながら言うと、

「何馬鹿なこと言ってんだ。お前みたいな頭でっかちオレだったら絶対とらないよ」と言った。

緊張と恐怖で顔面蒼白。「しまった」と思う余裕すら無かった。

あたふたしていると、Kさんは「お前が本気で記者になりたいなら、文章を見てやるから来い」と言った。

N先輩を気に入っていたKさんは、N先輩の後輩だからどこか見どころがあるのかもしれないと思ったらしい。

「はい、行きます」と即答した。

Kさんはこうも言った。

「記者はな、一対一が基本だ。最高の魅力は、普段会えねぇような色んな人に会えることだろ」と。


それからの僕はKさんのもとで文章を習い、彼の言葉を身をもって体験することになった。


~続く~

長くなるので何回かに分けて書きます。

これからは自分の出会った魅力的な人を少しでも多く発信していきたいと思います。

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# by living-in-the-m-w | 2009-08-09 18:10 |

東京人

東京育ちは「シティ・ボーイ」が多い。
これは垢抜けている(スマートでスタイリッシュである)ということ褒め言葉ではなく、
人間関係においてドライであるということである。

22年間を東京で過ごしている僕も例に漏れず、シティ・ボーイなのだろう。
大学の先輩からは「お前はホンマにシティ・ボーイやなぁ」と言われ、
バイトの先輩だったtomさんからは「ホントに東京っ子だよね」と言われる。

そんな典型的「東京っ子」の僕の楽しみは、映画『男はつらいよ』シリーズを観ることだ。
フーテンの暮らしで、たまに帰ってくれば一悶着。それでも家族は、街は寅さんを温かく迎えてくれる。
そんな「江戸っ子」たちの心意気や人情が羨ましく思える。

戦後から東京は発展し、それに伴い核家族化も進んだ。
また、知り合いのおばちゃんいわく、
「”地域の子”から”ウチの子”に変わり、近所のおばちゃんが気兼ねなく子どもを注意することができなくなった」という現状もある。

広かった社会は最小単位の核家族になり、現在に至っては家族の中でも大きな壁があるらしい。
色々なものから、自分とは全く異質のものから疎遠な状態であることが当たり前になっている。
何かと、誰かとどこかで繋がっているという感覚は弱くなっている。
それどころかその感覚に、うっとおしさや恐怖を感じる人もいるだろう。

けれども孤立した状態が真の自分であるのだろうか。
こうやって生み出される多くのまっさらな人に、「自分らしさ」があると言えるのだろうか。

自分らしさは、繋がりを通じて受けた刺激がつくるものである。
受ける刺激が人それぞれなら、その刺激の受け方も人それぞれ。
自分にしかないフィーリングはそうやって磨かれる。

自戒をこめて。

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# by living-in-the-m-w | 2009-07-19 21:24 |

無限に広がる密林へ

東京で22年も暮らしていながら、迷子のような気分になる。
目まぐるしく街は変わり、いつの間にかお気に入りの場所は消えていく。
帰る家はあるのだけれど、帰る街はない。そんな寂しさがある。

その反面、新しいものに刺激されることも多い。
新しい街並みが、そして流行りのスタイルが表現する空気。
そんな時代のカタチがここにはある。

それに、この激流に呑み込まれないものもある。
新しい建物の狭間にポツンとあるそれに、温かさを感じる。
それが僕を、すんでのところで引き止めてくれる。

ジャングルさながらのこの地を、
新しい営みに触れ、ひっそりと佇む遺跡で小休止をとり、迷子になりながら進む。
そんな日々をできるだけ記していきたい。

                                                  K5

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# by living-in-the-m-w | 2009-07-17 19:53 | はじめに